これからの総合計画 第3回 報告


2015年2月7日 「なら・未来」市民会議 第3回
これからの総合計画 〜 自治体経営を支える仕組みづくり
講師:慶應義塾大学 准教授 玉村 雅敏 氏





◆ 講演の概要


1. 自治体経営を支える総合計画 7つのポイント


① 総合計画は最大の改革のチャンス

  • 行政機関は競争になじまない仕事をすることが大きな役割であるため、民間企業のように競争にさらされる中で変革していくという機会がない。そこで、自らの中に絶えず変化を促すようなメカニズムが必要であり、それが行革をはじめとするさまざまな改革。常に改革をし続けていると同時に多様な仕組みが動いていくことになり、それらの間の調整が不可欠になる。その最大のチャンスが総合計画策定というタイミングだ。


② 計画は4の倍数

  • 10年の計画をつくっても、選挙で前任者の政策に反対する市長が当選すると、前市長時代に作った総合計画は形骸化してしまう。ローカルマニフェストが地方選挙でスタンダードになっている現在、市長の任期と総合計画の計画期間を合わせ、マニフェストを総合計画に反映させて一体的に運用していくことが大切。
  • 自治省の研究会報告に、基本構想の計画期間はおおむね10年ということが書いてあったためか、ほとんどの自治体が10年を計画期間としているが、実は10年という数字にほんとど意味はない。
  • 例えば、総合計画の基本構想を8年、基本計画を4年とし、それぞれの改訂時期を首長選挙の後とする。総合計画とマニフェストの期間を連動させることで、市長が交代しても、新たな市長の政策を基本構想や基本計画に反映させることができる。基本構想や、自治体によっては基本計画も議決事件となっているので、議決された時点で市長の政策は自治体の計画として進められることになる。
  • これまでは総合計画があっても予算は別という考え方が一般的だったが、実施計画をきちんと予算の裏付けのあるものにしていこうという自治体が少しずつ増えてきている。


③ トータルシステム化(行革のリストラ)

  • 行政内部のいろいろなシステムがバラバラに動いているのではなく、すべて連動させて動くようにすること(=行革として導入したシステム自身をリストラ(再構築)すること)が大切。総合計画は、自治体計画体系の最上位に位置づけられるものであり、各種システムが追求する価値基準となるものである。


④ 計画の総合化

  • 「根拠がなければ仕事ができない」というのが行政の原則。そのため各分野で計画を策定しているが、それらを総合計画と整合性のあるものにしていくことが必要。自治体には数多くの分野別計画(個別計画)がある。例えば、天草市は10市町村が合併して誕生した自治体だが、合併後の8年間で91の計画が作られた。計画の策定や管理に伴い、職員がやるべき仕事が発生する。総合計画を中心に、計画群の連動性や整合性を高めて、集約をしていくといった「計画の総合化」も重要な行革である。三鷹市では、自治基本条例に「個別計画を総合計画に連動させる」ことを明記し、基本計画の改定に合わせてすべての計画も改定するようにしている。


⑤ アウトカムの生産性

  • 地域経営とは地域全体で高いアウトカム(成果)を生産性高く実現する仕組みであり、総合計画はそのための情報資源。
  • 地域経営の主体は行政だけではなく、市民団体、企業、個々の市民などさまざまである。多様な主体の活動結果(アウトプット)があわさって成果(アウトカム)として現れる。これらの主体が役割分担をして協働するほど、また自発的な協力が高まるほど、アウトカムの生産性も高まる。また、アウトカムから見ることで、アウトプットのあり方を改善する必要があるといった点にも気づくことができる。
  • ソーシャルキャピタル(社会関係資本=人と人のつながりや、そこから生じる信頼性と互酬性の規範)を蓄積していくことが、アウトカムの生産性を高めるための重要な要素。


⑥ 計画はつくってから

  • これまでの総合計画は、作るときは一生懸命作るが、できた後はそれを見ながら仕事をするのではなく、毎年の予算編成時の検討や個別計画にしたがって仕事をすることが多くなっていた。しかし、もちろん本来は作って終わりではないし、作った後にどう使って仕事をするか、どう評価していくかを想定した上で策定する必要がある。
  • 総合計画は行政にとっての指針にとどまらず、市民がどうまちづくりに関わるかの指針でもある。東海市は、市民委員を中心とした市民参画推進委員会が調査をして地域課題を抽出し、99個のまちづくり指標を設定した。さらに、市民だけではわからない中長期的な課題や行政側で抽出した課題も含めて128の指標として、総合計画が目指すものとした。これらの指標を実現していくためには行政の力だけでは限界があるので、市民が何をすればいいかなども含めて、市民委員会などを中心に議論をしながら進めていた。


⑦ 総合計画自体の評価指標をつくる

  • 総合計画に「この数字をクリアできればこのまちが良くなったと言える」という達成指標を盛り込む自治体は増えているが、それだけでなく総合計画自体が何を達成したいのかの評価指標を作る必要がある。たとえば、職員が総合計画を使って仕事をしているか、市民が総合計画やそこに盛られた地域づくりの指標を認知しているか、など。
  • 役所という組織は、その社会における役割や構造的に、法律や制度などに縛られてなかなか変わりにくい体質を持ちやすい。総合計画を効果的に運用できるようにすることは、それを変えるいいチャンスでもあり、市民との間で交わした約束事をきちんと仕組みに落としていくいい機会でもある。

2. 総合計画の現状

  • 「新たな総合計画策定モデルの開発に関する研究会」が、2011年5月の地方自治法の改正で基本構想の策定義務が外れる直前の3月に、全国の自治体に総合計画の実態についての調査を実施した。「義務付けが外れたら総合計画を策定するか」との問いに対して、都道府県の25%、市区町の41.3%が「未定」と回答していた。もし、総合計画がないと仕事が出来ない状況にあるのであれば、「未定」とは回答しないであろう。
  • 「総合計画を期間内にどのように更新しているか」との問いに対しては、都道府県の35.7%、市区町の50.9%が「期間内は更新しない」と回答している。
  • これらの調査結果から、総合計画の形骸化、運用の軽視という問題点が見えてくる。

3. 岐路に立つ総合計画

  • 1966年に国で計画行政体系(基本構想・基本計画・実施計画の三層構造)の提案がなされ、それに基づいて1969年の地方自治法改正で基本構想の策定が義務付けられた。
  • 1990年代半ばには市町村の99%が総合計画を策定するようになったが、2011年、地域主権改革の一環として地方自治法が改正され、基本構想策定義務が廃止された。これは、新しい自治体経営のあり方を、国の方針によってではなく主体的に自ら決めていくことを意味する。
  • 総合計画は地域経営の最高規範たる計画という性格を持つ。自治基本条例を制定している自治体では、最高規範としての自治基本条例の理念を計画レベルに具体化したのが総合計画という位置づけになる。
  • また、総合計画は自治体として責任を持って取り組む政策・施策・事務事業を体系化したものであり、多様な分野にわたる政策を同じ目的・方向性のもとで推進するための指針でもある。
  • 自治省による総合計画の手引きでは、総合計画の役割として①新しい行政需要への対応、②行政の総合性の担保、③地方行財政の効率的運営、④行政・政策課題の客観的把握、⑤民間活動・市民活動へのガイドラインの提供、が挙げられていた。その本質は今も変わらない。
  • 総合計画をめぐる課題として、①基本構想の抽象化、②計画の実効性、③総花的な計画、分野別計画との不整合、⑤進捗管理・評価体系等との不整合、⑥部門戦略との不整合、⑦自治体内分権への対応、という7つの点が挙げられる。⑦については、ある程度、広域な自治体であれば、市全域の計画と地域ごとの個性を生かした計画を両立させることが大切であり、地域単位で計画を策定して実践できるような仕組みづくりに取り組む自治体もある。
  • これからの自治体は、逼迫する財政と多様化・複雑化する住民ニーズという矛盾した課題に挑戦しなければならない。そのためには知恵と戦略が不可欠。また、限られた予算の中で出来る限り生産性を向上させることが求められる。→地域の未来に責任を持つ経営体として、総合計画を中心としたトータルシステムづくりが不可欠。


4. 総合計画に求められる役割の変化

  • NPM=新しい公共経営の時代…行政は管理から経営の時代に移っており、「公」と「共」の領域にさまざまな経営手法を導入していくことが大切。
  • 計画は経営の基盤であり、計画を経営に活用してPDCAサイクルを回していくことで、生み出される成果や生産性は大きく変わる。

◆ ディスカッション


■著書の紹介

『総合計画の新潮流−自治体経営を支えるトータル・システムの構築』日本生産性本部編集



『ソーシャルインパクト−価値共創(CSV)が企業・ビジネス・働き方を変える』共著


ソーシャルインパクトー価値共創(CSV)が企業・ビジネス・働き方を変える

ソーシャルインパクトー価値共創(CSV)が企業・ビジネス・働き方を変える



■トータルシステム化の追加説明



■質疑応答

○ 総合計画はほとんどアウトプットであり、アウトカムまで提示しないのではないか?アウトカムまで明記する総合計画の事例とは?
・多くの自治体でアウトカムを記した総合計画を作っている。
・例えば愛知県東海市では「協働・共創のまちづくり」のための手段として総合計画を位置付け、調査を繰り返し行い設定した38の生活課題を目指すべき地域のアウトカムとしていた。そしてそれを達成するための工夫をさまざまな主体(行政、市民・・・)が試行錯誤することでアウトカム(成果)をあげようとしている。


○ 財政の正確な状況は行政内部にあって表面化しないため、財政状況に基づく計画を作ることは難しいのではないか?
岐阜県多治見市の例。「行政仕組みづくり(マネージメント)」のための総合計画と位置付けることができる。市政基本条例を制定し、そのなかで財務原則を定め財務計画を立案して財務状況を公開することとしている。「多治見市の健全な財務に関する条例」に基づき運営している。総合計画の実行計画は予算計画でもあり、財務状況を判断の上、毎年でも変更するものとしている。
・総合計画を、市民が役所に対してまちづくりを発注する際の「発注書」であると考えると、そのための予算や今後の見通しが分からないと発注できないはず。


奈良市における総合計画は財政改善型のものにしていく必要がある、との指摘がある。緊縮財政の拡大志向ではない総合計画はありえるのか?
・夢の無い総合計画は確かにつくりにくい。総合計画を、地域課題を解決する計画と位置付けるなら、その解決の手順や方法の「選択と集中」をする手法を見出す総合計画が求められる。いわば、縮小型ではなく再建型といえる。
・財政規律を定めたうえで、財務状況との整合性、議会との連携性も課題解決の要素となる。


○ 市のレベルでコントロールできない課題(国や県の範疇)については総合計画で言及すべきか否か?
・記載しないというのも1つの手法。
・総合計画は市民の生活を向上させ、地域として解決すべき課題を記すものであるため、関係主体(国、県、企業・・・)との協議又は連携する根拠としての総合計画にすることはできる。


○ 総合計画に掲げる生産性と、そのための「やり方を任せる」意味とは?
・より良いアウトカム(成果)を高める(生産性を上げる)ためには試行錯誤の改善活動が不可欠。限られた資源(インプット)と活動内容(アウトプット)であるため、アウトカムの獲得方法については担当主体に任せることが効果的であると考える。
・効果的にアウトカムを得られるため、多様な主体の連携が図れるシステム、スムーズに連動し得るシステムを構築することを含めて「やり方を任せる」ことに意義がある。


○ 総合計画のうち、基本計画を議会の議決とすべきか否か?また議会議決事項とすることで市民活動の活性化にもつながる可能性は?
・基本計画を議会議決事項にすべきか否かは、計画をどう使いたいかによる。多治見市の例のように行政マネージメントに関る基本計画であり、予算計画との整合化が図られていれば、予算審議に関ることから、議会議決との関係性を整理することが必要となる。
・市民の協働体制などがうたわれていれば市民活動の活性化につながる可能性があるが、議会議決とはおそらく無関係である。


○ 総合計画における審議会の役割とは?審議会委員の能力とは?
・審議会のみの議論をしても意味がない。例えば、審議会以外にも市民委員会を併設して地域の課題を生活者の視点から議論し、その情報を審議会と共有しながら進めることで議論を高められる可能性がある。また、行政システムで利用することを考えると、庁内の推進体制や、計画を利用する時を見通した検討体制の設計も必要である。


○ 総合計画の経済的(数値的)評価はありうるか?
・もともと自治体の役割は経済的な換算はしにくいことが多く、経済的な評価を厳密に行うのは難しい。また、基礎自治体(市)のみの経済的な影響の評価も難しい。目指すべき地域のアウトカムなどを把握すると、結果的に、その経済的な換算を行うことはあり得る。
・より広くアウトカムを把握する一つとして「幸福度」。総合計画における目標と優先順位を市民の共有価値として評価することによって幸福指標をつくることが注目されている。(例えば、京丹後市


○ 例えば限界集落における火災、天災のリスクを回避するために、過疎村を無くするということや、個人の家の老朽化が原因による地域の(町の)安全の担保など、明らかに課題はあっても総合計画には描けないという悩ましさがある。どんな調整の仕方があるのだろうか?
・総合計画では扱えない分野の課題というものは存在する。総合計画はまちづくりの価値観を示すという役割もあると考える。
・総合計画で示されたまちづくりの価値観を基に、個別地域の課題に対して市民が合意できる価値観を見出すための熟議が必要となる。