4月例会報告「奈良市総合計画とまち・ひと・しごと創生総合戦略」


政策研究ネットワーク「なら・未来」2016年4月例会レポート


 4月の例会は、奈良市総合政策部の仲野参事、中井総合政策課長、藤原総合政策課課長補佐、前任の伯耆福祉政策課課長補佐の4人をゲストにお迎えし、昨年10月に策定された「奈良市まち・ひと・しごと創生総合戦略」についてご説明いただきました。



1.発表の要旨

(1)「人口ビジョン」および「まち・ひと・しごと総合戦略」策定の経緯と趣旨


 ・2014年6月に「奈良市人口政策プロジェクト会議」を設置。2015年3月、「奈良市まち・ひと・しごと創生本部」として発展的に再構築し、同年10月に人口ビジョンとまち・ひと・しごと総合戦略を策定。*1
 ・第4次総合計画後期基本計画との整合を図り、同計画の人口減対策に関わる部分を総合戦略としてまとめ、両計画を一体的に推進する。
 ・次の3点を基本的視点とする。
   1.若い世代の安定した雇用を確保し、結婚・出産・妊娠・子育ての支援を充実させ、「住みたいまち」にする
   2.いきいきと元気に長生きできる健康長寿を推進し、「住み続けたいまち」にする
   3.国際文化観光都市としての魅力を高め、「訪れたいまち」にする
 ・総合戦略の計画期間は2015〜2019年の5年間。



(2)人口ビジョン


①人口動態
 ・奈良市の人口は月ヶ瀬村・都祁村編入によって37万3189人とピークを迎えたが、以降は減少傾向。第4次総合計画後期基本計画による人口推計では、2020年に35万人、2040年には27万9000人まで減少すると予測。
 ・高齢化率は2040年に40%に達すると予測。健康寿命の延伸が重要。
 ・2006年以降、死亡数が出生数を上回る自然減が続いている。
 ・社会変動については、隣接する木津川市精華町の宅地開発などにより、2001年以降は転出数が転入数を上回る社会減が続いている。
 ・合計特殊出生率は2014年が1.25。2004年の1.09に比べると上昇しているが、国の1.27より低く、人口置換水準の2.07には遠く及ばない。
 ・出生率が低い原因の1つが若い世代の未婚率の上昇。2005年の20代女性の未婚率は80.5%で、晩婚化・非婚化が進んでいる。それに伴い出生時の母親の平均年齢も上昇しており(第1子出生時平均年齢は2012年で30.3歳)、第2子・第3子の出産に対する負担の高まりにつながっている。
 ・奈良市では結婚・出産後再び就業する女性の率が全国に比べて低い。



②将来人口の推計
 

 ・全国的に見ても低い出生率と、生産年齢人口の大幅な転出超過により、今後急激に人口減少が進む。
 ・後期基本計画による人口推計では、2060年に20万100人、2110年には6万9700人まで減少。


③将来展望
 ・本市の希望出生率(市民の希望が叶った場合の出生率)は1.7。2030年までに出生率をここまで上昇させる。
・中長期的な対策により、奈良市の人口を2060年26万4100人、2110年22万9800人にすることを目指す。



(3)まち・ひと・しごと総合戦略


①基本的方向性


 ・重点目標…女性が輝くまち、観光がうるおすまちをつくる
   <目標数値>人口の社会増減をプラスにする
 ・3つの基本目標
   1.結婚から妊娠・出産そして子育てにおける希望を実現し、選ばれるまちをつくる
     <目標数値>合計特殊出生率を2014年の1.25から0.1ポイント増加させる
   2.観光力の強化により地域経済を活性化させ、訪れたくなるまちをつくる
     <目標数値>観光入込客数を1500万人以上、宿泊客数を180万人以上にする
   3.いつまでも健康で生きがいのある、理想のライフスタイルが実現するまちをつくる
     <目標数値>健康寿命について、男女とも都道府県比較の第1位を上回る



②政策パッケージ


 ・重点目標と3つの基本目標の実現に向け、後期基本計画の重点戦略「子どもの夢・未来戦略」「観光力アップ戦略」「安心・健康長寿戦略」を軸とする施策を展開する。また、具体的な施策ごとにKPI(目標を達成するための過程をクリアできているかを計測する指標)を設定し進捗状況や成果を毎年検証する。
 ・重点項目
   1.女性の就業支援
   2.観光消費額増加
 ・安心して子どもを育て、また、子どもたちが夢や未来への希望をもてるようにする
   安心して子育てができる支援の充実/子どもの未来を拓く教育の充実/若者や女性が希望をもって生活ができる環境づくり
 ・地域を挙げて観光をはじめとする産業を活性化し、地域経済の発展につなげる
   観光による地域活性化の推進/安定した雇用の確保と新しい雇用の創出/文化とスポーツの振興による市民生活の豊かさの向上/新しい農業による農業振興の推進
 ・いつまでも生きがいを持ち、安全に暮らし続けることができるようにする
   高齢者が生きがいを持って暮らすことのできる環境づくり/健康寿命の機運を高める仕組みづくり/安全・安心のまちづくり/安全で快適な居住環境の整備





2.質疑応答


・総合政策課の位置づけは? 他の課への影響力は?
 →(奈良市)位置づけはどの課も同じで、役割が異なる。総合政策課については、1つの課だけで解決できない問題について関係各課の間に入って調整したり、議会対応についても中心的な役割を果たす。また、仲川市長が昨年から中核市市長会長を務めているので、その事務局を担っている。


・総合戦略、そつなくまとめられている印象。県庁所在地なのに県内の他市町村から人が集まってこない。なぜ人が集まってくるような魅力が乏しいのか、もっと検討する必要があるのではないか。
 →(加門)奈良市は産業や商業の集約都市ではないという事情もある。


・同じ奈良県でも、香芝市のように人口が増えている市もある。
 →(奈良市)香芝市や、隣接する木津川市も人口が増えているが、その要因はニュータウンの開発。30〜40年後には奈良市の住宅地と同様に高齢化や若者の流出という問題が顕在化する。奈良市では大学を卒業して東京へ出ていく若者が多く、また家庭を持って住宅を購入する際は平均500万円ほど安い木津川市へ転出する人が多い。


ニュータウンのある地域はどこも同じ過ちを繰り返している。ただ、千里ニュータウンのように地域が危機感をもってコミュニティの再生・強化に取り組んでいる事例もある。奈良市も都市の魅力づくりに努力しないと、将来的にはまちそのものが消えていく。
 →(奈良市)平松町では県立奈良病院の移転跡地活用をめぐってまちづくり協議会を立ち上げ、3〜4年にわたって地域での話し合いを続けている。このように、地域が主体となって魅力づくりに取り組んでいる事例も出てきつつある。ただ、子育て世代の夫婦が少ないことが、どの地域でも大きな課題となっている。


・子育てや教育をメインにした元気なまちづくりが重要ではないか
 →(奈良市)奈良市では観光が主要産業であることを前面に打ち出しているが、たしかに質の高い教育や子育て環境の整備もまちの魅力を高める大きな要素になる。もちろん、そこにも力を注いでいきたい。


・総合戦略策定に際してビッグデータは活用しているのか。また、市民参加によって総合戦略を策定している自治体も多いが、奈良市ではどうか。
 →(奈良市)人口動態についてはさまざまなデータを加味しながら分析した。総合戦略策定にあたっては懇話会を設置し、そこに学識者のほかNPO関係者や民間人の委員も入っている。ただ、2015年10月末までに策定しないと国から交付金が出ないという制約があり、スケジュールが非常にタイトだったので、行政主導で策定せざるを得なかった。


・経営的視点をうたっているが、具体的にどうするのかを書かないと意味がない。総合戦略と市長の考えの整合性は? 行政と市民がお互いに知恵を出し合って掘り下げていく必要がある。
 →(奈良市)後期基本計画に基づいて実施計画がつくられるように、総合戦略についてもこれからアクションプランを策定していく。総合戦略の方向性などについては当然市長と十分調整しその意向を踏まえて策定している。


・総合戦略は議会の議決事項なのか。だとすると議員からどのような意見が出されたのか。また、新斎苑の建設をめぐってこれだけ大きな問題となっているのに、なぜ総合戦略で触れていないのか。
 →(奈良市)総合戦略は議会への報告事項。新斎苑については議会でも熱心に議論していただいており、奈良市としても合併特例債の期限があるので至急進めないといけない。総合戦略とは別の問題として全力で取り組んでいく。


・地方創生に関する交付金は団体へ一括して交付されるのか、それとも事業ごとに交付されるのか。
 →(奈良市)平成27年度分(26年度補正で計上)は1億5000万円が総枠で交付された。28年度事業分は事業ごとに(女性の就労支援と観光に関する事業)提案し、3月中旬に4000万円の採択が決まった。


・海外を中心にマーケティングなどの仕事をしてきて、今年3月にカナダから帰国した。奈良市の観光振興に興味がある。総合戦略でも観光を柱としているが、具体策は? Wi-Fi環境の整備や、多言語での情報提供などが遅れているのではないか。ピタパなどのICカード利用者に割引券を発行するとか、近畿日本ツーリストと連携するとか、民間の力をもっと活用することが大切。
 →(奈良市)市内の観光案内版など約500か所に二次元バーコード「QRコード」を貼りつけており、10か国語で案内できるようになっている。


・総合戦略の策定にじっくり時間をかけられないようにしている安倍政権の進め方が問題。


・内容を見ると、10年前の計画とほとんど同じ。目標を達成するためにどのような具体的施策を考えているのか、きちんと市民に示す必要がある。たとえば数値目標に入込客数増加を掲げているが、入込客数の数字は非常に恣意的で信頼できない。
 →(奈良市)数値目標についてはそれぞれの関係課に確認し、できるだけ正確なデータに基づいて目標を設定するようにしている。


・後期基本計画の概要版を見ると、奈良市ならではの多様な資源・資産をどう活用するかが見えてこない。市民がこれを読んで、これからも奈良市に住み続けたいと思えるようなものにしないといけない。
 →(奈良市)概要版にはあまり細かい内容は書けない。後期基本計画については、前期基本計画の5年間を検証し、その進捗状況や成果・課題を踏まえて策定している。


奈良市の宿泊客を一気に増やすのは難しいが、民泊を促進するなど具体的な取り組みはできるはず。人と産業をどう呼び込むかが地域活性化のポイント。西九条の工業団地など、現にある資源をどう活用するかを真剣に考える必要がある。


・総合戦略には市民の関心度が高い問題を盛り込まないと、重要性を感じていないのではないかと思われてしまう。


・事務所のある京終にはゲストハウスがいくつかあり、外国人観光客で満杯の状況。その経営者に話を聞けば、外国人観光客をもっと呼び込むための方策など有用な情報をたくさんもらえる。現場で動いている市民をもっと活用すべき。


生駒市でも総合戦略を策定したが、第5次総合計画の後期基本計画を策定したばかりで、なぜ内容が重複するような総合戦略をつくらないといけないのかわからない。交付金をもらうためと割り切って考えるしかない。生駒市の場合は、後期基本計画だけでなく昨年4月に就任した新市長の政策も盛り込まないといけないので、よけいに調整が大変だった。また、タイトなスケジュールの中、数少ない職員で公共施設の管理計画も含めたさまざまな計画策定作業が集中した。国はそうした作業に要する人員の手当てをしてくれない。事業提案については、「こんなので人口が増えるのか」と思える内容で、やはりそうした施策については採択されなかった。


・個人で取材してインターネットニュースを出している。*2仲川市長に聞きたいことがあり、定例記者会見に出席させてくれるようお願いしたが認められなかった。また、土地開発公社をめぐる訴訟の判決があり、住民側の訴えが棄却された。*3この件について市長のコメントがほしいとお願いしたら、「コメントは市政記者クラブに出すもので個人には出せない」と言われた。市政記者クラブを構成するのは全国紙の記者が多く、数年で異動してしまうのでどれだけ奈良市のことを真剣に考えているか疑問に思う。小さくても無個人でも、地域に根差したメディアにきちんと情報をオープンにしていくべきではないのか。
 →(奈良市)秘書広報課に確認してみる。


・市政記者クラブ向けの記者発表とは別に、市民向けの記者発表を毎月1回行ってはどうか。また、市民から出された意見が雲散霧消しないように、市民だよりでまちかどトークなどで出された市民の声を紹介するなどの仕組みをつくることが必要。地元でも地域ミーティングがあっていろんな意見が出たが、それに対する市のレスポンスがない。
 →(奈良市)地域ミーティングで出た意見について市の考えを返す仕組みはある。また、「市長への手紙」に寄せられた意見についても、必ず市長決裁を経てレスポンスするようにしている。


・総合戦略は市民の幸せを求める戦略でなければならない。ある調査で福井県が幸せ度ナンバー1という結果が出た。*4それは子育てを一生懸命やっているから。奈良県は共働きの率が全国最下位。このことからも、子育て環境をよくすることが市民の幸せにとって自重要であることがわかる。北陸3県は生活保護率も非常に低い。以前、藻谷浩介さんが職員養成塾で講演を行ったとき、「顧客満足度を測れ」と強調していたが、そうした取り組みが見られない。先日隠岐の島に旅行に行ってきたが、隠岐の島町では町長のリーダーシップのもとで人を呼び込むためのさまざまな先進的な取り組みがなされている。そうした事例もどんどん参考にしてほしい。