「なら・未来」市民会議〜総合計画を市民のものに〜 第2回レポート


日時 2015年2月1日(日)午後1時30分〜4時30分
会場 きらっ都・奈良 3階研修室
講師 中川 幾郎氏(帝塚山大学名誉教授)
テーマ 「総合計画を活きたものとするために〜その現状と課題」




1. 講演概要

(1)総合計画とは何か

 ・「総合計画」という言葉は法律用語ではない。改正前の地方自治法では「基本構想」の策定義務が規定されていた。一般的には、基本構想とその下に策定される基本計画、実施計画の3つを合わせて総合計画と呼んでいる。
 ・基本構想の策定を義務化していることについては、その意義を理解せず義務だからと形だけ作ってあとは放ったらかしという自治体が少なくない、といった弊害もあった。
(「できたその日から安楽死」という言葉さえあった)。
 ・そこで民主党政権は、地方自治法改正に関する枠づけ・義務付け廃止の一環で、基本構想策定義務を外した。
 ・義務付け廃止については計画行政の否定という批判もあったが、多くの自治体では従来どおり総合計画を策定している。
 ・自治体によっては、自治基本条例の中で総合計画を位置づけたり、独自の条例を定めて基本計画も議決案件としているところもある。
 ・基本計画まで議決案件としている議会では、行政を縛るねらいが大きいと思うが、そのことによって議会も行政計画に対する責任を持つことになるという点を忘れてはならない。



(2)計画行政の意義と重要性


 ・基本構想の意義…自治体をめぐる内部条件と外部条件を整理して突き合わせ、自治体の現状と課題を明示して進むべき方向性を示すこと
 ・基本計画・実施計画の意義…政治・行政の恣意的行動を制約し、公開された枠のもとで施策・事業に規範性をもたせること。同時に、目標指標等を明らかにし、政策評価・行政評価の基準を示すこと



(3)総合計画のこれまで


 ・基本構想の策定が義務化された当初は、コンサル丸投げのアリバイづくり的な作り方が主流であった。東北地方の自治体と九州地方の自治体でほとんど内容が同じ計画が作られるというできごともあった。
 ・80年代から90年代初頭にかけて、「武蔵野方式」が注目を浴びた。住民参画、地域資源・行政資源の可視化、情報公開が柱で、市民に対してわかりやすく自治体の現状と課題を示したことに大きな意義がある。松下圭一、大森彌、西尾勝の各氏も武蔵野方式に学んだ。
 ・90年代半ばには多治見方式が脚光を浴びた。松下先生の指導のもとに策定され、計画期間を市長の任期と連動させたこと、総合計画をマネジメントのツールとして計画行政を推進したことなどが特筆される。
 ・90年代半ばから00年代前半にかけて、NPM(ニュー・パブリック・マネジメント)が流行し、総合計画もその影響を受けた。NPMには欧米型と北欧型があり、特に前者の影響を受けて誤った成果主義や住民を単純な消費者扱いする住民満足主義、市民社会を無視した市場原理主義、現場への分権なき集権的改革などが進められた。なお、現在も理念なき民営化の悪例は後を絶たずねその1つが武雄市の図書館。図書館の本来持つ調査機能などが失われ、単なる図書展示室になっている。
 ・00年代に入ってこうした風潮に対する批判が提起され、北欧型NPMによる「第3の道」改革も提唱された。その特徴は、単なる数字でなく本来の成果=公益(どれだけ社会が安定したか。たとえば犯罪が減るとか子供の学力が向上するなど)を重視すること、住民を消費者ではなくステークホルダー(まちづくりの当事者)と捉えること、企業ではなく市民社会の側へ民営化する方向性を重視したこと、予算・責任・権限をセットとする現場への移譲を進めようとしたこと。
 ・日本語の「公益」には、パブリック・インタレスト(経済的合理性利益)とパブリック・ベネフィット(政治的・社会的合理性利益)の2通りがある。公益というときにはその区分を意識する必要がある。
 

*評価指標に関する概念整理
指標 アプローチ
有効性 エフェクト=アウトカム(施策・事業によってもたらされる公益)
効率性 パフォーマンス=アウトプット(施策・事業によって得た生産物)
経済性 コスト=インプット(投入された金額や資源の量)


(4)総合計画のこれから


 ・参画と協働をいかに実践するか…「参画」は「参加」ではない。後者は英語で「パーティシペーション」で、意思形成過程の一部分に関わること。前者は「エンカウンター」で、市民と職員が相互に相手の懐に飛び込み、相手の立場を理解して関わることを意味する。また、「協働」は「共同」ではない。後者はコラボレーションで、単に協力して何かをすること。前者はコープロダクションで、共に手を携えて公益的な価値を生み出すこと。本当に参画できなければ協働もできない。
 ・市民民主主義をどう追求するか…行政の側も市民の側も変わらなければならない。自分のエゴだけを押し付ける無責任な市民は市政に参画する資格がない。経営参画型の能動的市民をどう巻き込むかが重要。
 ・「地方版総合戦略」と総合計画の関連性…国は全自治体に対して地方版総合戦略の策定を求めており、その参考資料として総合戦略に記すべき指標を詳細に示している。これは地方自治に対する国の統制になりかねない。そして、それは総合計画の中身を国が規定することにつながる。



(5)市民、政治、行政の基本的関係から


 ・基本構想は政治選択(基本的価値の優先順位選択)、基本計画は政策選択(選択された政治の枠組みにもとづく政策の優先順位選択)、実施計画は資源選択(選択された政策の枠組みに基づく最適資源の選択)である。しかしながら、政治選択の主体である市民が選挙に無関心でその役割を放棄し、政策選択をすべき議員にその能力が乏しく、資源選択すべき行政職員はその能力が低下している。
 ・市民が政治的な媒介機構(=選挙によって選ばれた市民の代表機関としての議会)を通さず直接行政と協働するなど、新たな関係性が結ばれつつある。



(6)参画と協働を問い直す


 ・参画とは、意思形成過程→意思決定過程→政策実行過程→政策評価・修正過程のすべてのプロセスで、市民がオープンに関わる回路が開かれていること。
 ・協働については、完全民営と完全直営の間に、「行政補助」「分担・負担」「民間委託」という3つの領域がある。



(7)奈良市の場合


 ・今回は第4次基本構想に基づく後期基本計画の策定作業であり、基本構想や前期基本計画の枠組みがすでにあるため、体系を大きく変えることはできない。本来であれば、生駒市の総合計画のように団体自治側(行政)のなすべきことと住民自治側(市民)のなすべきことを分けて明記すべきだが、今回は不可能であり、この点は第5次総合計画の課題。
 ・もう1つ、地域別の総合計画と市全体の総合計画の二層構造にすることも今後の大きな課題。
 ・また、今回は審議会で機論する時間があまりにも短すぎる。ただ、可能な範囲でできる限り目標指標(アウトカム指標)を入れて、政策評価に結び付けられるようにしたい。また、この目標指標は幹部職員の業績評価と連動していることが必要。





2.ディスカッション


質問者 
基本構想−基本計画−実施計画という3層構造を前提にすると、市民憲章は基本構想のベースにあるべきではないか。また、基本計画については新たに策定するというより分野別のマスタープランがあるのでそれを援用すればいいのではないか。今後の総合計画はむしろ地域計画に重点を置くべき。

中川先生 
分野別の計画をきちんと策定しているところは、基本計画についてもそれをそのまま持ってくればいいが、形だけ作ってお茶を濁している自治体はそうはいかない。また、自治体によっては計画が策定されていない分野もある(特に文化)。

総合計画の中に包含すべき要素としては、分野別計画だけでなく資源別計画も重要。たとえば、お金という資源については財政計画や予算、不動産と資源については都市計画や施設配置計画、人という資源については人事計画といったものだ。

総合計画の中に地域計画を位置づける点については、愛知県高浜市滋賀県東近江市(特に旧蒲生町)、兵庫県朝来市三重県伊賀市などの先進事例がある。地域にしかできないことを地域計画に記し、地域でできないことを市全体の計画に盛り込むというのが基本的なあり方。


質問者 
分野別のマスタープランが基本構想・基本計画と整合性のとれていないケースも多いのではないか。

中川先生 
その整合性を図る必要はもちろんある。行政の中で計画調整機能を持つ部署がきちんとコントロールしなければならない。


質問者 
総合計画が総花的なものにとどまるのでなく、限られた資源を有効に活用する政治選択・政策選択・資源選択の計画になるためには、どのような基準で選択するのかという指標の明確化と、その指標を市民全体で共有することが必要だと思うが、選択の基準はどのように考えればよいのか。

中川先生 
選択という部分ではやはり議会の役割が大きいので、議会が機能をきちんと果たすよう、市民が議会の傍聴や請願・陳情、議会報告会への参加などによって監視し続けていくことが大切だ。議会についても行政についても、恣意的な運用がなされないよう市民がさまざまな段階で“横槍”を入れられる仕組みをつくる必要がある。


質問者 
奈良市ではいま小学校区単位での地域自治組織づくりが進められようとしているが、住民自治の基盤となるこのような動きを後期基本計画の中でどのように位置づけるのか。

中川先生 
抽象的な形では前期基本計画の中にも後期基本計画の素案の中にも盛り込まれている。地域コミュニティの世話役の平均年齢は現在70代半ばであり、あと5年すれば80代となって十分に機能することが難しくなるし、その下の世代は自治会離れが進んでいて後継者を探すことも難しい。現在の交付金補助金を再整理して、地域コミュニティの事務局的機能を果たす人材を有償で雇えるような仕組みをつくらないといけない。今のままだと、役員の「やらされ感」がますます強くなる。
地域自治組織は小学校区単位だが、そこにコミュニティがすべて集約されるかというと、そうはならない。自治会はもっとも基本的なコミュニティの単位であり、防災などの面で果たす役割は大きい。