4月例会報告「奈良市総合計画とまち・ひと・しごと創生総合戦略」


政策研究ネットワーク「なら・未来」2016年4月例会レポート


 4月の例会は、奈良市総合政策部の仲野参事、中井総合政策課長、藤原総合政策課課長補佐、前任の伯耆福祉政策課課長補佐の4人をゲストにお迎えし、昨年10月に策定された「奈良市まち・ひと・しごと創生総合戦略」についてご説明いただきました。



1.発表の要旨

(1)「人口ビジョン」および「まち・ひと・しごと総合戦略」策定の経緯と趣旨


 ・2014年6月に「奈良市人口政策プロジェクト会議」を設置。2015年3月、「奈良市まち・ひと・しごと創生本部」として発展的に再構築し、同年10月に人口ビジョンとまち・ひと・しごと総合戦略を策定。*1
 ・第4次総合計画後期基本計画との整合を図り、同計画の人口減対策に関わる部分を総合戦略としてまとめ、両計画を一体的に推進する。
 ・次の3点を基本的視点とする。
   1.若い世代の安定した雇用を確保し、結婚・出産・妊娠・子育ての支援を充実させ、「住みたいまち」にする
   2.いきいきと元気に長生きできる健康長寿を推進し、「住み続けたいまち」にする
   3.国際文化観光都市としての魅力を高め、「訪れたいまち」にする
 ・総合戦略の計画期間は2015〜2019年の5年間。



(2)人口ビジョン


①人口動態
 ・奈良市の人口は月ヶ瀬村・都祁村編入によって37万3189人とピークを迎えたが、以降は減少傾向。第4次総合計画後期基本計画による人口推計では、2020年に35万人、2040年には27万9000人まで減少すると予測。
 ・高齢化率は2040年に40%に達すると予測。健康寿命の延伸が重要。
 ・2006年以降、死亡数が出生数を上回る自然減が続いている。
 ・社会変動については、隣接する木津川市精華町の宅地開発などにより、2001年以降は転出数が転入数を上回る社会減が続いている。
 ・合計特殊出生率は2014年が1.25。2004年の1.09に比べると上昇しているが、国の1.27より低く、人口置換水準の2.07には遠く及ばない。
 ・出生率が低い原因の1つが若い世代の未婚率の上昇。2005年の20代女性の未婚率は80.5%で、晩婚化・非婚化が進んでいる。それに伴い出生時の母親の平均年齢も上昇しており(第1子出生時平均年齢は2012年で30.3歳)、第2子・第3子の出産に対する負担の高まりにつながっている。
 ・奈良市では結婚・出産後再び就業する女性の率が全国に比べて低い。



②将来人口の推計
 

 ・全国的に見ても低い出生率と、生産年齢人口の大幅な転出超過により、今後急激に人口減少が進む。
 ・後期基本計画による人口推計では、2060年に20万100人、2110年には6万9700人まで減少。


③将来展望
 ・本市の希望出生率(市民の希望が叶った場合の出生率)は1.7。2030年までに出生率をここまで上昇させる。
・中長期的な対策により、奈良市の人口を2060年26万4100人、2110年22万9800人にすることを目指す。



(3)まち・ひと・しごと総合戦略


①基本的方向性


 ・重点目標…女性が輝くまち、観光がうるおすまちをつくる
   <目標数値>人口の社会増減をプラスにする
 ・3つの基本目標
   1.結婚から妊娠・出産そして子育てにおける希望を実現し、選ばれるまちをつくる
     <目標数値>合計特殊出生率を2014年の1.25から0.1ポイント増加させる
   2.観光力の強化により地域経済を活性化させ、訪れたくなるまちをつくる
     <目標数値>観光入込客数を1500万人以上、宿泊客数を180万人以上にする
   3.いつまでも健康で生きがいのある、理想のライフスタイルが実現するまちをつくる
     <目標数値>健康寿命について、男女とも都道府県比較の第1位を上回る



②政策パッケージ


 ・重点目標と3つの基本目標の実現に向け、後期基本計画の重点戦略「子どもの夢・未来戦略」「観光力アップ戦略」「安心・健康長寿戦略」を軸とする施策を展開する。また、具体的な施策ごとにKPI(目標を達成するための過程をクリアできているかを計測する指標)を設定し進捗状況や成果を毎年検証する。
 ・重点項目
   1.女性の就業支援
   2.観光消費額増加
 ・安心して子どもを育て、また、子どもたちが夢や未来への希望をもてるようにする
   安心して子育てができる支援の充実/子どもの未来を拓く教育の充実/若者や女性が希望をもって生活ができる環境づくり
 ・地域を挙げて観光をはじめとする産業を活性化し、地域経済の発展につなげる
   観光による地域活性化の推進/安定した雇用の確保と新しい雇用の創出/文化とスポーツの振興による市民生活の豊かさの向上/新しい農業による農業振興の推進
 ・いつまでも生きがいを持ち、安全に暮らし続けることができるようにする
   高齢者が生きがいを持って暮らすことのできる環境づくり/健康寿命の機運を高める仕組みづくり/安全・安心のまちづくり/安全で快適な居住環境の整備





2.質疑応答


・総合政策課の位置づけは? 他の課への影響力は?
 →(奈良市)位置づけはどの課も同じで、役割が異なる。総合政策課については、1つの課だけで解決できない問題について関係各課の間に入って調整したり、議会対応についても中心的な役割を果たす。また、仲川市長が昨年から中核市市長会長を務めているので、その事務局を担っている。


・総合戦略、そつなくまとめられている印象。県庁所在地なのに県内の他市町村から人が集まってこない。なぜ人が集まってくるような魅力が乏しいのか、もっと検討する必要があるのではないか。
 →(加門)奈良市は産業や商業の集約都市ではないという事情もある。


・同じ奈良県でも、香芝市のように人口が増えている市もある。
 →(奈良市)香芝市や、隣接する木津川市も人口が増えているが、その要因はニュータウンの開発。30〜40年後には奈良市の住宅地と同様に高齢化や若者の流出という問題が顕在化する。奈良市では大学を卒業して東京へ出ていく若者が多く、また家庭を持って住宅を購入する際は平均500万円ほど安い木津川市へ転出する人が多い。


ニュータウンのある地域はどこも同じ過ちを繰り返している。ただ、千里ニュータウンのように地域が危機感をもってコミュニティの再生・強化に取り組んでいる事例もある。奈良市も都市の魅力づくりに努力しないと、将来的にはまちそのものが消えていく。
 →(奈良市)平松町では県立奈良病院の移転跡地活用をめぐってまちづくり協議会を立ち上げ、3〜4年にわたって地域での話し合いを続けている。このように、地域が主体となって魅力づくりに取り組んでいる事例も出てきつつある。ただ、子育て世代の夫婦が少ないことが、どの地域でも大きな課題となっている。


・子育てや教育をメインにした元気なまちづくりが重要ではないか
 →(奈良市)奈良市では観光が主要産業であることを前面に打ち出しているが、たしかに質の高い教育や子育て環境の整備もまちの魅力を高める大きな要素になる。もちろん、そこにも力を注いでいきたい。


・総合戦略策定に際してビッグデータは活用しているのか。また、市民参加によって総合戦略を策定している自治体も多いが、奈良市ではどうか。
 →(奈良市)人口動態についてはさまざまなデータを加味しながら分析した。総合戦略策定にあたっては懇話会を設置し、そこに学識者のほかNPO関係者や民間人の委員も入っている。ただ、2015年10月末までに策定しないと国から交付金が出ないという制約があり、スケジュールが非常にタイトだったので、行政主導で策定せざるを得なかった。


・経営的視点をうたっているが、具体的にどうするのかを書かないと意味がない。総合戦略と市長の考えの整合性は? 行政と市民がお互いに知恵を出し合って掘り下げていく必要がある。
 →(奈良市)後期基本計画に基づいて実施計画がつくられるように、総合戦略についてもこれからアクションプランを策定していく。総合戦略の方向性などについては当然市長と十分調整しその意向を踏まえて策定している。


・総合戦略は議会の議決事項なのか。だとすると議員からどのような意見が出されたのか。また、新斎苑の建設をめぐってこれだけ大きな問題となっているのに、なぜ総合戦略で触れていないのか。
 →(奈良市)総合戦略は議会への報告事項。新斎苑については議会でも熱心に議論していただいており、奈良市としても合併特例債の期限があるので至急進めないといけない。総合戦略とは別の問題として全力で取り組んでいく。


・地方創生に関する交付金は団体へ一括して交付されるのか、それとも事業ごとに交付されるのか。
 →(奈良市)平成27年度分(26年度補正で計上)は1億5000万円が総枠で交付された。28年度事業分は事業ごとに(女性の就労支援と観光に関する事業)提案し、3月中旬に4000万円の採択が決まった。


・海外を中心にマーケティングなどの仕事をしてきて、今年3月にカナダから帰国した。奈良市の観光振興に興味がある。総合戦略でも観光を柱としているが、具体策は? Wi-Fi環境の整備や、多言語での情報提供などが遅れているのではないか。ピタパなどのICカード利用者に割引券を発行するとか、近畿日本ツーリストと連携するとか、民間の力をもっと活用することが大切。
 →(奈良市)市内の観光案内版など約500か所に二次元バーコード「QRコード」を貼りつけており、10か国語で案内できるようになっている。


・総合戦略の策定にじっくり時間をかけられないようにしている安倍政権の進め方が問題。


・内容を見ると、10年前の計画とほとんど同じ。目標を達成するためにどのような具体的施策を考えているのか、きちんと市民に示す必要がある。たとえば数値目標に入込客数増加を掲げているが、入込客数の数字は非常に恣意的で信頼できない。
 →(奈良市)数値目標についてはそれぞれの関係課に確認し、できるだけ正確なデータに基づいて目標を設定するようにしている。


・後期基本計画の概要版を見ると、奈良市ならではの多様な資源・資産をどう活用するかが見えてこない。市民がこれを読んで、これからも奈良市に住み続けたいと思えるようなものにしないといけない。
 →(奈良市)概要版にはあまり細かい内容は書けない。後期基本計画については、前期基本計画の5年間を検証し、その進捗状況や成果・課題を踏まえて策定している。


奈良市の宿泊客を一気に増やすのは難しいが、民泊を促進するなど具体的な取り組みはできるはず。人と産業をどう呼び込むかが地域活性化のポイント。西九条の工業団地など、現にある資源をどう活用するかを真剣に考える必要がある。


・総合戦略には市民の関心度が高い問題を盛り込まないと、重要性を感じていないのではないかと思われてしまう。


・事務所のある京終にはゲストハウスがいくつかあり、外国人観光客で満杯の状況。その経営者に話を聞けば、外国人観光客をもっと呼び込むための方策など有用な情報をたくさんもらえる。現場で動いている市民をもっと活用すべき。


生駒市でも総合戦略を策定したが、第5次総合計画の後期基本計画を策定したばかりで、なぜ内容が重複するような総合戦略をつくらないといけないのかわからない。交付金をもらうためと割り切って考えるしかない。生駒市の場合は、後期基本計画だけでなく昨年4月に就任した新市長の政策も盛り込まないといけないので、よけいに調整が大変だった。また、タイトなスケジュールの中、数少ない職員で公共施設の管理計画も含めたさまざまな計画策定作業が集中した。国はそうした作業に要する人員の手当てをしてくれない。事業提案については、「こんなので人口が増えるのか」と思える内容で、やはりそうした施策については採択されなかった。


・個人で取材してインターネットニュースを出している。*2仲川市長に聞きたいことがあり、定例記者会見に出席させてくれるようお願いしたが認められなかった。また、土地開発公社をめぐる訴訟の判決があり、住民側の訴えが棄却された。*3この件について市長のコメントがほしいとお願いしたら、「コメントは市政記者クラブに出すもので個人には出せない」と言われた。市政記者クラブを構成するのは全国紙の記者が多く、数年で異動してしまうのでどれだけ奈良市のことを真剣に考えているか疑問に思う。小さくても無個人でも、地域に根差したメディアにきちんと情報をオープンにしていくべきではないのか。
 →(奈良市)秘書広報課に確認してみる。


・市政記者クラブ向けの記者発表とは別に、市民向けの記者発表を毎月1回行ってはどうか。また、市民から出された意見が雲散霧消しないように、市民だよりでまちかどトークなどで出された市民の声を紹介するなどの仕組みをつくることが必要。地元でも地域ミーティングがあっていろんな意見が出たが、それに対する市のレスポンスがない。
 →(奈良市)地域ミーティングで出た意見について市の考えを返す仕組みはある。また、「市長への手紙」に寄せられた意見についても、必ず市長決裁を経てレスポンスするようにしている。


・総合戦略は市民の幸せを求める戦略でなければならない。ある調査で福井県が幸せ度ナンバー1という結果が出た。*4それは子育てを一生懸命やっているから。奈良県は共働きの率が全国最下位。このことからも、子育て環境をよくすることが市民の幸せにとって自重要であることがわかる。北陸3県は生活保護率も非常に低い。以前、藻谷浩介さんが職員養成塾で講演を行ったとき、「顧客満足度を測れ」と強調していたが、そうした取り組みが見られない。先日隠岐の島に旅行に行ってきたが、隠岐の島町では町長のリーダーシップのもとで人を呼び込むためのさまざまな先進的な取り組みがなされている。そうした事例もどんどん参考にしてほしい。

3月例会についての変更のお知らせ


先日、ご案内を差し上げました明日25日の「なら・未来」
3月例会の講師が変更になります。

奈良市総合政策課長の仲野公夫さんに「奈良市まち・ひと・しごと
創生総合戦略について」のテーマでお話しをいただく予定にしてお
りましたが、議会の関係で都合が付かなくなったとの連絡が
今朝入りました。

つきましては、下記内容にて開催することになりますので、
大変申し訳ありませんがご了承の程、よろしくお願い致します。

【「なら・未来」3月例会のご案内】
◆日時 3月25日(金)午後6時30分より
◆会場 奈良市ボランティアインフォメーションセンター
    JR奈良駅西口下車すぐ
◆話題提供 加門進二郎さん(「なら・未来」会員)
◆テーマ  奈良市の財政状況、あれこれ

3月例会のお知らせ


3月例会についてご案内させていただきます。

  • 日時 3月25日(金)午後6時30分より
  • 会場 奈良市ボランティアインフォメーションセンター
  • 講師 奈良市総合政策課長 仲野 公夫氏
  • テーマ 奈良市まち・ひと・しごと創生総合戦略について


国のまち・ひと・しごと創生総合戦略に基づき、奈良市でもいわゆる地方版総合戦略が策定されました。


詳しくは下記をご参照ください。
http://www.city.nara.lg.jp/www/contents/1446262500163/index.html

ある意味で総合計画と並ぶ重要なマスタープランであるにもかかわらず、パブコメにかけなかったところに奈良市の意識の低さが見てとれるように思います。


いずれにしても、奈良市の未来に関わるテーマですので、ぜひ多くの方がご参加いただけますよう、広報へのご協力をお願いいたします。


                                     (代表幹事・北井 )

2月例会のお知らせ


政策研究ネットワーク「なら・未来」では、毎月多彩なゲストを迎えて例会を行っています。


今月は奈良脱原発ネットワーク代表などで活躍されている堀田美恵子さんにお話いただきます。


堀田さんはチェルノブイリ原発事故の直後から脱原発の運動を始め、
東日本大震災に際しては避難者の受け入れなどに積極的に取り組まれました。


当日は堀田さんと奈良の脱原発運動の歩み、さらにはフクシマ後の動きと課題などについて
お話しいただきます。


ちょうど3.11の5周年を間近に控え、タイムリーなテーマです。
ぜひお仲間にもお声かけいただき、ご参加いただければ幸いです。

  • 日時 2月15日(月)午後6時30分〜午後8時30分
  • 会場 奈良市ボランティアインフォメーションセンター1-2・5
  • 講師 堀田美恵子さん(奈良脱原発ネットワーク代表、「なら・未来」会員) 
  • テーマ「フクシマ原発事故奈良での避難者支援と、脱原発運動の今」


  • 申込不要・参加無料
  • 主催・お問合せ 政策研究ネットワーク「なら・未来」 
  • Eメール muroga_ed@kcn.jp


たくさんのご参加、お待ちしております!

1月例会のお知らせ


 政策研究ネットワーク「なら・未来」では、毎月多彩なゲストを迎えて例会を行っています。


 今月は、奈良を元気にする再生は観光と教育で一部上場企業役員、アメリ現地法人社長など豊富なビジネスキャリアを持つ福田惇之さんに、自らの経験も踏まえ海外の事例などもご紹介いただきながら、観光と教育を切り口とした奈良市の再生のあり方をご提言いただきます。

たくさんのご参加、お待ちしております。

(奈良市はぐくみセンター 1F)

  • 申込不要・参加無料
  • 主催・お問合せ 政策研究ネットワーク「なら・未来」 
  • Eメール muroga_ed@kcn.jp

「なら・未来」12月例会のお知らせ


 政策研究ネットワーク「なら・未来」では、毎月、多彩なゲストをお迎えし、勉強会を開催しています。

 
 今月のゲスト講師は、奈良県議会議員の中川崇さんです。

 
 来年1月に平城旧跡をメイン会場として、県が大規模イベント 「大立山まつり」*1を創案し2億円の予算が可決されたと報道されました。 「立山」とは、祭りの人形やジオラマのことで、いわば青森のねぶ たに似たイベントを創出するようです。


 数ヶ月先の年始めの1月に、ねぶたもどきのイベントに2億円の予算を付けて推進する狙いは何か、そして課題や問題はないのか、これら予算の審議に携わった中川議員から、県の狙いや目的などを伺い、本事業の真相や課題について情報を共有すると共に、改めて県がリードする観光政策についても意見交換を進めてみたいと思います。



●ゲスト 中川崇さん(奈良県議会議員、「なら・未来」会員)
●テーマ 「県が計画する大立山まつりの真相と課題は」
●日時  2015年12月25日(金)午後6時30分〜
●会場 奈良市ボランティアインフォメーションセンター 1-2・5(奈良市はぐくみセンター1F 駐車場無料)


●参加費無料
●申込不要



はじめての方も、お気軽にご参加ください。
お待ちしております! 

*1:「大立山まつり」実行委員会設立総会及び第1回実行委員会を開催しました奈良県 観光プロモーション課/観光産業課/ ならの魅力創造課

11月例会報告


 政策研究ネットワーク「なら・未来」11月の例会は11月27日(金)に開催され、ホテルサンルート奈良代表取締役社長の中野聖子(なかのさとこ)さんをゲストにお迎えしました。中野さんは、NPO法人なら燈花会の会長、NPO法人なら国際映画祭実行委員長を務めるなど、奈良の新たな魅力づくり、観光の活性化に大きな役割を担っています。当日は奈良市の観光の現状やなら燈花会、なら国際映画祭の取組み経緯、運営にまつわるエピソードなど、楽しい中にもまちづくりのあり方を深く考えさせてくれるお話をいただきました。


<講演の概要>


1.プロフィール
・生家は奈良市内初の映画館であった「尾花劇場」。尾花劇場は1980年、惜しまれながら閉館し、1981年に「ホテルサンルート奈良」を開業。商売替えを断行した父は「ホテルは世界中からお客様が来る」とその理由を説明。
・大学卒業の1995年、東京海上火災に入社し、1995年にホテルサンルート奈良入社。


2.奈良の観光の現状
・ホテルサンルート奈良の稼働率は、2014年度上半期が78.6%、今年度上半期は84.5%
・外国人宿泊客、特に中国からの宿泊客が非常に増えている。
・中国や台湾からの旅行客は団体が中心だが、今年の夏あたりから北京や上海の富裕層が家族連れで宿泊する例も増えている。そのような客は墨、筆、和紙などを大量に購入することが多い。
・本当は大阪や京都で泊まりたいが、空いていないので奈良で泊まるというのが現実。


3.多様な宿泊施設の出現
ゲストハウス…特に外国人向けの日本文化を体験できるゲストハウスが人気。
Airbnb…暮らすように泊まれる点が人気。賃貸アパートの登録件数、奈良は15位(120件)。しかし、マンションの無断又貸し、無許可の旅館業にあたる可能性があり、法律と現実が乖離している。また、知らないうちに隣の部屋に外国人が居住しているという居住者の不安、テロに利用されるのではないかというリスクなどの問題もある。


4.新たな観光の視点
バリアフリー観光
ムスリム対応サービスインドネシアなどイスラム教を国教とする国からの観光客が増えつつあり、礼拝や食―の配慮が求められる。
LGBTフレンドリー性的少数者が居心地良く過ごせるような対応が必要。なら国際映画祭のゲストにはこのような人も多く、経済効果は高い。


5.なら燈花会
・奈良の夏はお盆以外閑散としており、特に若い人が来てくれない。そこでシルクロード博覧会から10年経過した平成10年に、奈良の新しい祭りを考える会を結成。メンバーは奈良県奈良市青年会議所青年団、旅館組合青年部など18名。
・この会で喧々諤々議論する中で、「奈良公園は夜が真っ暗。社寺のライトアップはあるが、周辺に何もないので集客につながっていない」「キャンドルナイトが流行っている」「ハウステンボスのイルミネーションがとてもきれい」といった意見が出され、奈良公園をろうそくの火で飾るアイデアがまとめられた。
・国宝や世界遺産登録物件が点在する奈良公園で火気を使うことに対して反対の声もあったが、「水に浮かべれば自然消火器になる」と主張して乗り切った。
・平成11年から「なら燈花会」(ならとうかえ)がスタートし、毎年のように改良を重ねながら今年で17回を迎えた。
春日大社では2月と8月に万灯籠を開催しており、当初は「うちがどれだけ苦労して始めたと思っているのか」と怒られたが、今は良好な関係を築いている。やはり積み重ねが大事。
・万灯籠は浄火を捧げるのが趣旨。他にも奈良には火に縁のある行事が多く、火は信仰と結びついた神聖なもの。伊勢神宮のように手で火を起こすことまではできなくても、チャッカマンを春日大社で祈祷してもらってから使うようにしている。
・会場の奈良公園はもともと3社寺の境内地であり、昔は至る所で火を灯していたと考えられる。燈花会はそうした古に思いを馳せる意味もある。
・運営で最も重要なのがボランティア(サポーター)の存在。特に高齢者のボランティアがたくさん活躍してくれている。彼らは燈花会のエキスパートとして1年間を通じて活動。10日間のために残りの355日も毎日カップを洗ったりして“燈花会を生きて”いる。
・若いボランティアも増えている。家族で参加してくれる人も多く、彼らにとっては年中行事の1つになっている。今年は女子高生、女子大生がたくんさ参加してくれた。彼女たちにとって燈花会は、すでに奈良の伝統行事。この催しを続けていくには、こうした次世代を担う人たちの力が不可欠。
燈花会のようなコンテンツをたくさん用意することで、奈良で楽しく暮らす人が増える。そのためにも奈良を楽しく見せようとする人の力が必要。
平城京遷都1300年祭で、ボランティアに喜びを見出す人がたくさん育った。それが燈花会にもつながっている。


6.なら国際映画祭
・平成19年のカンヌ国際映画祭で、奈良市出身の河瀬直美さんが監督をした『殯の森』(もがりのもり)がグランプリを受賞。この機会を逃さず「なら国際映画祭実行委員会」を発足させた。映画館に生まれた身として、もう一度映画の世界に自分の人生を戻したいという思いもあった。
・カンヌで上映されたことで、『殯の森』の撮影が行われた奈良市の田原地区を全世界の人が注目した。国際映画祭は世界中の人をつなげ、若い人を育てる。このような奈良を舞台にした映画がもっとできたらと考えた。また、海外の映画監督が奈良に来れば、新しいセンスで奈良の美しさを発見してくれる。
・河瀬さん以外は映画のことを何も知らない人ばかりで実行委員会をスタートし、平成22年に第1回を開催。興福寺五重塔前の階段にレッドカーペットを敷くという夢が実現し、そこを桃井かおりさんが歩いてくれた。
・NARAtive(ナラティブ)…若手新人監督を奈良に迎え、長編作品を製作。8人の若手監督を選出してコンペを行い、最高賞受賞者に製作権を授与する仕組み。世界へ奈良を発信するとともに、地元住民も製作に協力してもらうことで地元に誇りを持ってもらえる。*1
・2011年の作品『祈-Inori』は十津川村で製作。2013年の作品『ひと夏のファンタジア』は五條市で撮影し、チャン監督の故国・韓国で観客動員5万人を突破した。
・映画祭は見る人を育て、創る人を育て、人と人をつなげ、土地と土地をつなげ、人と土地をつなげる。
・土地に根ざして生きる女性の力がすごく大きい。ボランティアスタッフも7割が女性。こんなにいろんな年代の女性が関わってくれるとは当初思わなかった。
・フランスの映画配給会社にNARAtiveで製作した映画を買ってもらうなど、フランスの人たちにはいろんな面でお世話になっている。それだけに、パリのテロは他人事ではない。映画祭ができることは平和の証。「世界が平和でありますように」と強く願う。
・プレイベントとして今年9月に、春日野園地で星空上映会を開催。1700人が『銀河鉄道999』を見に集まり、原作者の松本零士さんも来てくれた。
・KINEKO(戸田恵子さんがラインナップした子ども向け映画祭)、SHORTS SHORTS(短編映画のフィルムフェスティバル)、アウトインジャパン(性的少数者の肖像写真を展示する写真展)と、多彩な連携事業も展開している。
ふるさと納税の制度を利用して映画祭への寄付を募っている。*2



<質疑応答>


・ホテル業となら燈花会やなら国際映画祭との接点は?
 →ホテルの社員のリクルートにつながっている。また、映画祭ではホテルサンルート奈良がオフィシャルホテルとなっており、燈花会についても他自治体からの視察者が宿泊してくれる。


橿原市今井町でも燈花会を始めたが、重伝建地区で火を使うことに抵抗があり、LED照明を増やしている。こうしたLED照明をいろんなイベントでシェアして使ってはどうか。
 →「関西光と灯りのネットワーク」という組織があり、光・灯り関連のイベントですでに連携が行われている。特に熊本とは交流が盛んに行われている。


・奈良で活動しているボランティアガイドのレベルに外国人観光客は満足しているか。
 →もっとたくさんのガイドがいればいいし、どこかの団体がガイドの手配を一元的に行ってくれると助かる。映画祭のゲストには2〜3人のアテンドをつけるが、彼らの多くは熊野・吉野といったスピリチュアルな場所に興味があり、宗教者に会いたいというニーズも多いが、それが実現できていないのが課題。


・外国人観光客は奈良に何を求めているのか。
 →書道に興味のあるヨーロッパの人が多い。中国人の多くは買い物と鹿に興味がある。鹿は最強のキラーコンテンツ


奈良県の荒井知事はホテルの誘致に熱心だが、なかなかうまくいかない理由は?
 →採算ベースに乗るような建物が規制で建てられないことが大きい。ただ、死守しなければいけない景観もあり、「平屋で豪華」を追求するほうが奈良には合っているように思う。また、映画祭で奈良を訪れるVIPが泊まれるホテルが少ない。奈良県内での周遊が不便で、大阪の上本町に泊まったほうが飛鳥にも奈良にも行きやすいという現状も問題。
 

猿沢池周辺の老舗旅館が廃業する一方、足回りの悪い奈良パークホテルが繁盛している理由は?
 →奈良パークホテルはどこよりも早く台湾への営業を熱心に行ってきたことが大きい。
 

・映画祭が土地と土地、人と人、人と土地をつなげるという言葉が印象的だった。そういうことは最初から意図していたのか。
 →最初から考えていた。河瀬監督は『萌の朱雀』を撮影したときから吉野の山奥の暮らしに寄り添いカメラを回してきた。そうやって築いてきた人間関係もある。また、奈良の素晴らしい景色を世界に輸出したいというのが、当初からの私たちの思い。
 

・県全体の観光戦略を考えるようなネットワークはあるのか。
 →映画祭や燈花会に関連して県下の自治体首長に協力のお願いに行くこともあり、そこから交流の輪が広がっている。また、ボランティアガイドのネットワークもある。
 

奈良市内に泊まって月ヶ瀬の梅林を見に行くとか、県内に泊まる客が少ない。
 →梅の時期にはうちのホテルに泊まって月ヶ瀬に行くお客さんも多い。ただ何日もかけて県下の周遊をする観光客はまだ少ない。日本人だと2泊3日が限界。フランス人などは1週間くらい泊まる人も多く、そういう客は行動範囲がすごく広い。
 

橿原市今井町で民泊が広げられないかと考えているが、外国人観光客が宿泊することで苦情が増えるのではないかという懸念も地元にある。
 →添乗員など、宿泊先でのルールをきちんと説明する人がいればそれに従ってくれる。民泊はそのようなコーディネート役がいないのが問題。言葉の壁も、そうした問題を誘発する要因の1つ。
 

・在日中国人2世・3世で中国語ができる人に有料ボランティアむとしてガイドをやってもらったらどうか。
 →中国語が必要なときは奈良女子大や奈良教育大の留学生に通訳をお願いしており、彼らは素晴らしい。グッドウィルガイドは海外駐在などの経験が豊富な人が多いので、行き届いたガイドをしてくれる。ほかにもいろんなスキルを持つ人が奈良に住んでいるので、そうした人たちを発掘することが大切。
 

・ホテル業界は現在好景気に沸いているが、この傾向をどう見ているか。
 →中国人観光客を中心に宿泊客が増えている今の勢いを生かして設備投資を行いたい。ただ、これ以上中国人観光客が増えるとは思えないので、ヨーロッパ人が長期滞在してくれるような仕組みを作りたい。宿泊の形態が多様化してくる流れは止められないので、ホテル業界としてはそれに対応できる体力をつけていくことが大切。

*1:NARAtive(ナラティブ)/なら国際映画祭 ”このプロジェクトの名前は「NARA (奈良)」と英語の「Narrative (物語性 )」がかけ合わされたものです。奈良らしさを映画におさめ語り継いでいく、そんな意味が込められています。”

*2:奈良市ふるさと納税特設サイト/6.なら国際映画祭への支援