11月例会報告


 政策研究ネットワーク「なら・未来」11月の例会は11月27日(金)に開催され、ホテルサンルート奈良代表取締役社長の中野聖子(なかのさとこ)さんをゲストにお迎えしました。中野さんは、NPO法人なら燈花会の会長、NPO法人なら国際映画祭実行委員長を務めるなど、奈良の新たな魅力づくり、観光の活性化に大きな役割を担っています。当日は奈良市の観光の現状やなら燈花会、なら国際映画祭の取組み経緯、運営にまつわるエピソードなど、楽しい中にもまちづくりのあり方を深く考えさせてくれるお話をいただきました。


<講演の概要>


1.プロフィール
・生家は奈良市内初の映画館であった「尾花劇場」。尾花劇場は1980年、惜しまれながら閉館し、1981年に「ホテルサンルート奈良」を開業。商売替えを断行した父は「ホテルは世界中からお客様が来る」とその理由を説明。
・大学卒業の1995年、東京海上火災に入社し、1995年にホテルサンルート奈良入社。


2.奈良の観光の現状
・ホテルサンルート奈良の稼働率は、2014年度上半期が78.6%、今年度上半期は84.5%
・外国人宿泊客、特に中国からの宿泊客が非常に増えている。
・中国や台湾からの旅行客は団体が中心だが、今年の夏あたりから北京や上海の富裕層が家族連れで宿泊する例も増えている。そのような客は墨、筆、和紙などを大量に購入することが多い。
・本当は大阪や京都で泊まりたいが、空いていないので奈良で泊まるというのが現実。


3.多様な宿泊施設の出現
ゲストハウス…特に外国人向けの日本文化を体験できるゲストハウスが人気。
Airbnb…暮らすように泊まれる点が人気。賃貸アパートの登録件数、奈良は15位(120件)。しかし、マンションの無断又貸し、無許可の旅館業にあたる可能性があり、法律と現実が乖離している。また、知らないうちに隣の部屋に外国人が居住しているという居住者の不安、テロに利用されるのではないかというリスクなどの問題もある。


4.新たな観光の視点
バリアフリー観光
ムスリム対応サービスインドネシアなどイスラム教を国教とする国からの観光客が増えつつあり、礼拝や食―の配慮が求められる。
LGBTフレンドリー性的少数者が居心地良く過ごせるような対応が必要。なら国際映画祭のゲストにはこのような人も多く、経済効果は高い。


5.なら燈花会
・奈良の夏はお盆以外閑散としており、特に若い人が来てくれない。そこでシルクロード博覧会から10年経過した平成10年に、奈良の新しい祭りを考える会を結成。メンバーは奈良県奈良市青年会議所青年団、旅館組合青年部など18名。
・この会で喧々諤々議論する中で、「奈良公園は夜が真っ暗。社寺のライトアップはあるが、周辺に何もないので集客につながっていない」「キャンドルナイトが流行っている」「ハウステンボスのイルミネーションがとてもきれい」といった意見が出され、奈良公園をろうそくの火で飾るアイデアがまとめられた。
・国宝や世界遺産登録物件が点在する奈良公園で火気を使うことに対して反対の声もあったが、「水に浮かべれば自然消火器になる」と主張して乗り切った。
・平成11年から「なら燈花会」(ならとうかえ)がスタートし、毎年のように改良を重ねながら今年で17回を迎えた。
春日大社では2月と8月に万灯籠を開催しており、当初は「うちがどれだけ苦労して始めたと思っているのか」と怒られたが、今は良好な関係を築いている。やはり積み重ねが大事。
・万灯籠は浄火を捧げるのが趣旨。他にも奈良には火に縁のある行事が多く、火は信仰と結びついた神聖なもの。伊勢神宮のように手で火を起こすことまではできなくても、チャッカマンを春日大社で祈祷してもらってから使うようにしている。
・会場の奈良公園はもともと3社寺の境内地であり、昔は至る所で火を灯していたと考えられる。燈花会はそうした古に思いを馳せる意味もある。
・運営で最も重要なのがボランティア(サポーター)の存在。特に高齢者のボランティアがたくさん活躍してくれている。彼らは燈花会のエキスパートとして1年間を通じて活動。10日間のために残りの355日も毎日カップを洗ったりして“燈花会を生きて”いる。
・若いボランティアも増えている。家族で参加してくれる人も多く、彼らにとっては年中行事の1つになっている。今年は女子高生、女子大生がたくんさ参加してくれた。彼女たちにとって燈花会は、すでに奈良の伝統行事。この催しを続けていくには、こうした次世代を担う人たちの力が不可欠。
燈花会のようなコンテンツをたくさん用意することで、奈良で楽しく暮らす人が増える。そのためにも奈良を楽しく見せようとする人の力が必要。
平城京遷都1300年祭で、ボランティアに喜びを見出す人がたくさん育った。それが燈花会にもつながっている。


6.なら国際映画祭
・平成19年のカンヌ国際映画祭で、奈良市出身の河瀬直美さんが監督をした『殯の森』(もがりのもり)がグランプリを受賞。この機会を逃さず「なら国際映画祭実行委員会」を発足させた。映画館に生まれた身として、もう一度映画の世界に自分の人生を戻したいという思いもあった。
・カンヌで上映されたことで、『殯の森』の撮影が行われた奈良市の田原地区を全世界の人が注目した。国際映画祭は世界中の人をつなげ、若い人を育てる。このような奈良を舞台にした映画がもっとできたらと考えた。また、海外の映画監督が奈良に来れば、新しいセンスで奈良の美しさを発見してくれる。
・河瀬さん以外は映画のことを何も知らない人ばかりで実行委員会をスタートし、平成22年に第1回を開催。興福寺五重塔前の階段にレッドカーペットを敷くという夢が実現し、そこを桃井かおりさんが歩いてくれた。
・NARAtive(ナラティブ)…若手新人監督を奈良に迎え、長編作品を製作。8人の若手監督を選出してコンペを行い、最高賞受賞者に製作権を授与する仕組み。世界へ奈良を発信するとともに、地元住民も製作に協力してもらうことで地元に誇りを持ってもらえる。*1
・2011年の作品『祈-Inori』は十津川村で製作。2013年の作品『ひと夏のファンタジア』は五條市で撮影し、チャン監督の故国・韓国で観客動員5万人を突破した。
・映画祭は見る人を育て、創る人を育て、人と人をつなげ、土地と土地をつなげ、人と土地をつなげる。
・土地に根ざして生きる女性の力がすごく大きい。ボランティアスタッフも7割が女性。こんなにいろんな年代の女性が関わってくれるとは当初思わなかった。
・フランスの映画配給会社にNARAtiveで製作した映画を買ってもらうなど、フランスの人たちにはいろんな面でお世話になっている。それだけに、パリのテロは他人事ではない。映画祭ができることは平和の証。「世界が平和でありますように」と強く願う。
・プレイベントとして今年9月に、春日野園地で星空上映会を開催。1700人が『銀河鉄道999』を見に集まり、原作者の松本零士さんも来てくれた。
・KINEKO(戸田恵子さんがラインナップした子ども向け映画祭)、SHORTS SHORTS(短編映画のフィルムフェスティバル)、アウトインジャパン(性的少数者の肖像写真を展示する写真展)と、多彩な連携事業も展開している。
ふるさと納税の制度を利用して映画祭への寄付を募っている。*2



<質疑応答>


・ホテル業となら燈花会やなら国際映画祭との接点は?
 →ホテルの社員のリクルートにつながっている。また、映画祭ではホテルサンルート奈良がオフィシャルホテルとなっており、燈花会についても他自治体からの視察者が宿泊してくれる。


橿原市今井町でも燈花会を始めたが、重伝建地区で火を使うことに抵抗があり、LED照明を増やしている。こうしたLED照明をいろんなイベントでシェアして使ってはどうか。
 →「関西光と灯りのネットワーク」という組織があり、光・灯り関連のイベントですでに連携が行われている。特に熊本とは交流が盛んに行われている。


・奈良で活動しているボランティアガイドのレベルに外国人観光客は満足しているか。
 →もっとたくさんのガイドがいればいいし、どこかの団体がガイドの手配を一元的に行ってくれると助かる。映画祭のゲストには2〜3人のアテンドをつけるが、彼らの多くは熊野・吉野といったスピリチュアルな場所に興味があり、宗教者に会いたいというニーズも多いが、それが実現できていないのが課題。


・外国人観光客は奈良に何を求めているのか。
 →書道に興味のあるヨーロッパの人が多い。中国人の多くは買い物と鹿に興味がある。鹿は最強のキラーコンテンツ


奈良県の荒井知事はホテルの誘致に熱心だが、なかなかうまくいかない理由は?
 →採算ベースに乗るような建物が規制で建てられないことが大きい。ただ、死守しなければいけない景観もあり、「平屋で豪華」を追求するほうが奈良には合っているように思う。また、映画祭で奈良を訪れるVIPが泊まれるホテルが少ない。奈良県内での周遊が不便で、大阪の上本町に泊まったほうが飛鳥にも奈良にも行きやすいという現状も問題。
 

猿沢池周辺の老舗旅館が廃業する一方、足回りの悪い奈良パークホテルが繁盛している理由は?
 →奈良パークホテルはどこよりも早く台湾への営業を熱心に行ってきたことが大きい。
 

・映画祭が土地と土地、人と人、人と土地をつなげるという言葉が印象的だった。そういうことは最初から意図していたのか。
 →最初から考えていた。河瀬監督は『萌の朱雀』を撮影したときから吉野の山奥の暮らしに寄り添いカメラを回してきた。そうやって築いてきた人間関係もある。また、奈良の素晴らしい景色を世界に輸出したいというのが、当初からの私たちの思い。
 

・県全体の観光戦略を考えるようなネットワークはあるのか。
 →映画祭や燈花会に関連して県下の自治体首長に協力のお願いに行くこともあり、そこから交流の輪が広がっている。また、ボランティアガイドのネットワークもある。
 

奈良市内に泊まって月ヶ瀬の梅林を見に行くとか、県内に泊まる客が少ない。
 →梅の時期にはうちのホテルに泊まって月ヶ瀬に行くお客さんも多い。ただ何日もかけて県下の周遊をする観光客はまだ少ない。日本人だと2泊3日が限界。フランス人などは1週間くらい泊まる人も多く、そういう客は行動範囲がすごく広い。
 

橿原市今井町で民泊が広げられないかと考えているが、外国人観光客が宿泊することで苦情が増えるのではないかという懸念も地元にある。
 →添乗員など、宿泊先でのルールをきちんと説明する人がいればそれに従ってくれる。民泊はそのようなコーディネート役がいないのが問題。言葉の壁も、そうした問題を誘発する要因の1つ。
 

・在日中国人2世・3世で中国語ができる人に有料ボランティアむとしてガイドをやってもらったらどうか。
 →中国語が必要なときは奈良女子大や奈良教育大の留学生に通訳をお願いしており、彼らは素晴らしい。グッドウィルガイドは海外駐在などの経験が豊富な人が多いので、行き届いたガイドをしてくれる。ほかにもいろんなスキルを持つ人が奈良に住んでいるので、そうした人たちを発掘することが大切。
 

・ホテル業界は現在好景気に沸いているが、この傾向をどう見ているか。
 →中国人観光客を中心に宿泊客が増えている今の勢いを生かして設備投資を行いたい。ただ、これ以上中国人観光客が増えるとは思えないので、ヨーロッパ人が長期滞在してくれるような仕組みを作りたい。宿泊の形態が多様化してくる流れは止められないので、ホテル業界としてはそれに対応できる体力をつけていくことが大切。

*1:NARAtive(ナラティブ)/なら国際映画祭 ”このプロジェクトの名前は「NARA (奈良)」と英語の「Narrative (物語性 )」がかけ合わされたものです。奈良らしさを映画におさめ語り継いでいく、そんな意味が込められています。”

*2:奈良市ふるさと納税特設サイト/6.なら国際映画祭への支援